第1章 指先の秘密

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 立体化したタケルはその場でゆらりと立ち上がって、一度大きく伸びをする。  そして呆然と座り込むあたしの目の前まで歩いてきてしゃがみこみ、目線を合わせた。  ふわりといい匂いがする。長い睫毛はまばたきする度に音がしそうだった。高い鼻。小さな頭。艶めく黒髪。あたしより広い肩幅。二重の美しい目。綺麗な肌と白く輝く歯。  彼はうっすらと、綺麗に笑う。  そして言った。 「俺のいう通りにしろよ」  整った顔をあたしの目の前に近づけて、彼が言った。その声は想像していたのとはちょっと違って、思ったよりも低かった。 「・・・へ・・・?」  あたしは相変わらず混乱して、呆然としている。 「へ、じゃなくて、はい、だろ?俺は今日からここに住む。お前は俺のいうことをきく。判った?」  あたしの開いたままの口元に長い指をのばし、ゆっくりと親指の腹で唇を撫でた。  その感触に現実がすごい勢いであたしに戻り、ぎょっとして飛びのく。顔面が赤くなったのが判った。色々頭の中で考えたり突っ込んだりしていたけど、あたしの目は彼から離れない。どうやっても離せないのだ。 「・・・判った?」  彼がもう一度そう聞く。あたしは魔法にかかったみたいに、見下ろしてくる茶色の瞳を見詰めたままで、小さく頷いた。  何もかもがあたし好みの美しい顔に優しい微笑をうっすらと浮かべて、彼は言った。 「じゃ、それで。よろしくな、サツキ」  彼は用は終わったとばかりに目線を外して立ち上がり、じゃあ風呂入るわー、タオルとか借りるぜ、と言うだけ言って、勝手にスタスタと歩いて行ってしまった。  ・・・・え・・・。えーと・・・?  あたしの頭は大嵐状態の混乱で、ただ呆然としていた。  部屋の真ん中に先生に頂いたイラストの紙をみつけた。ただし、今はその紙は白紙だ。
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