第1章 指先の秘密

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「――――――コーヒー、飲む?」 「へ??」  こっ・・・コーヒー・・・ですか?コーヒーって、あの、カフェインたっぷりの黒い飲み物の、コーヒーのこと?  壁に張り付いたままのあたしは急な問いかけについていけず、ただ瞬きを繰り返す。 「淹れてやるよ。砂糖とミルクはどれくらい?」 「・・・」 「お前は、返事が一々遅いな」  その呆れたような声に、更にあたしの声が棘棘しくなった。 「あっあっ、あなたは一々近づくの止めてくれる?!もういいから早くどいて~!」  ふん、と小さく聞こえて、彼がするりと離れた。あたしはようやく呼吸が出来るようになる。  シンクに腰でもたれかかって、タケルがまた聞いた。 「で?コーヒー、飲むの飲まないの」  彼の方をどうにか見ないようにしながら、あたしはそろそろとテーブルに着いた。とにかく、まだ聞きたいこともあるし、落ち着かないと。 「頂きます・・・」 「ん。砂糖とミルク?」 「砂糖は1杯半、ミルクなしで」  つい視線を彼にむけるとタケルはそれはそれは綺麗な笑顔で頷いて、やかんを火に掛けるために向き直った。  その笑顔にやられ、あたしは動けないでいる。  ・・・・・・きゃあ~・・・・めちゃめちゃ綺麗な笑顔・・・。さすが、先生のイラスト出身・・・。  そこでやっと気付いたのは、まだ自分がパジャマだってこと。これでは心理的にすでに負けてる気がする。あたしは立ち上がって着替えに行った。  何を着るかで散々悩んだ末にさっきまでパジャマ姿を見せていたのにバカじゃないの、と自分に突っ込んで、いつも通りの格好に着替えて戻ると、コーヒーのいい匂いで台所の空気が柔らかくなっていた。  春の朝の光りの中でシンクにもたれてコーヒーを飲む男を、つい入口からぼーっと見詰める。  ・・・ダメだ。マジで格好いい。鼻血が出るかも。未だに信じられない。今見ている光景の全てが。 「・・・冷めるよ」  声をかけられて、ハッとした。慌てて座り、両手でカップを持つ。 「・・・・あのー・・・質問が、あるんですが」
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