第1章 指先の秘密

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 支度をしてアルバイト先へ向かう。  あたしはイラストレーターの卵で、現在はアルバイトで漫画家の先生のアシスタントをしている。  自分の仕事で出会った方の紹介で憧れの大先生の元で働けることになった時は嬉しくて眠れず、先生の線を乱してしまったらどうしようと青くなりながらの初日だったんだった。  少女コミックで大人気の先生で、あたしは高校生の頃からその先生の描く繊細な線が好きだった。  そして、ここ3年、月刊誌で先生が連載中の漫画の男性主人公である葉月タケルが大好きだった。  外見がとにかくあたし好みなのだ。  主人公の女の子をいつだって優しく包み、素晴らしい外見なのに中身も素晴らしいという設定で、全国の女の子を夢中にさせている。まさしく『絵に描いたような』王子様なのだ。・・・・・まあ、絵なんだけど。  その彼の頭にベタを入れたり(墨で黒く塗ること)、トーンで影をつけたり(スクリーントーンを貼ってカッターで切ったり抜いたりする)背景をいれたりしているのがめちゃめちゃ幸せだった。  だって、あの彼があたしをじっと見詰めているのだぞ!?  その瞳にベタをいれれるなんて・・・!身に余る光栄だ!!  しかも、新作を一番に読めるわけで!!  肩もガチガチに凝るし、頭痛も腰痛も引き起こすが、それでもこのアルバイトを気に入っていた。  タケル様に会えるから。  そんなわけで大学生の時に付き合っていた先輩と悲惨な別れ方をして以来、あたしは漫画の中の彼に夢中なので、現実の男に興味がなかったのだ。  おばあちゃんの遺言だったとしても、まだ恋なんてしそうにない。  正直、生身の男は面倒臭い。だるい。しかも、綺麗なんかじゃない。 「おはようございまーす」  小さく挨拶をして、徹夜組みのメンバーに手を振る。  先生の10畳の部屋はいつだって綺麗だ。普通の漫画家に見える雑然とした雰囲気がない、デザイナーズマンションの一部屋。先生は同じ階の隣の部屋も所持し、今はそこで眠っているはず。 「皐月ちゃん、おばあちゃん残念だったね。本当にご愁傷様でした」  しばらく休んでいておばあちゃんの葬儀前から会ってない1番アシさんが伸びをしながら声をかけてくれた。  あたしは頭を下げて微笑む。
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