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「大往生でしたから。ちゃんと話も出来たし、満足です」
少しずつ話ながら自分の席につき、目の前に詰まれた原稿を眺める。
・・・・・溜まってる・・・。ベタ指示の原稿。
はみ出したりしないようにと手を動かして暖める。バキっと骨が鳴る音がして両手を組んで伸ばしたあと、あたしは墨を取った。
よし、今日もタケル様にご対面~!!
いつも、仕事であっても、この瞬間が一番わくわくする。皆と一緒に、ただ紙の上にかかれただけの線に命を吹き込み血を通わせ肉をつけて、動かすのだ。
キャラクターは笑ったり泣いたりして彼らの人生を始める。
髪の毛に艶を。風が吹いてるんだから、この方向から。そしたら顔の影はこっちにつくはず。この人は鼻が高いんだから、このくらいの影で・・・。
今、この世界は夕方。ヒロインの由佳が一番綺麗に見える時間だ。
ペンと筆を忙しく、かつ繊細に動かしながら、あたしは先生の描く世界に没頭していく。
この世の全てが遠ざかり、登場人物との密かな対話で意識の全てが埋まる。
彼の瞳は切なげに彼女を見詰めている―――――――
時間の感覚がなくなり、ただひたすらに原稿用紙に黒を塗っていて、声をかけられているのに気付くのに遅れた。
「皐月ちゃん」
ハッとして顔を上げる。あたしの机の前に、敬愛する先生、少女マンガ家の梨本理沙先生が立っていた。
「・・・先生、おはようございます。お休み頂いてありがとうございました」
あたしが声を抑えてお礼を言うと、ターバンで頭をまいた(漫画を描く間頭を引っ掻き回すのを止める為の自衛行為)先生は、静かに微笑んであたしに一枚の紙をくれた。
何だろうと思って手に取ると、先生が書いた、大好きな葉月タケルのイラストがあった。
何と贅沢なことに、色付きで!!
おおおお~!!!っと興奮してあたしはイラストを持った手を震わす。
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