第1章 指先の秘密

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2、タケルが笑う  7時間後。  3、4、5アシである私たちだけ、解散となる。  あとは詰めの作業に入り、ほとんど先生の仕事だけになるからだ。  あたしは既にぼろぼろの様相の先生にプレゼントのお礼を何回も言って、一人で家に帰る。  おばあちゃんが死んでしまってから、あたしには遺言でこの古い小さな平屋が残されたのだ。おばあちゃんが四半世紀住んだこの家は思い出がたくさんあったので、あたしはすぐに家の管理を引き受けた。  冬の間はここでおばあちゃんの看病もしていたし、何の苦労もなかった。そもそもここに看病に来ると決めた時、一人暮らしの部屋は出てしまっていたから、住むところの確保は実際有難かったのだ。実家に帰るのは億劫で気が進まなかったし。  この家は変わらずに居心地がいい。  おばあちゃんが居ないってこと以外は。  匂いや、大切に使われた物達や、生い茂る植物なんかがおばあちゃんを思い出させたけど、それは悲しいといいうより幸せな柔らかい感情で、いつでもあたしを泣かせる。  その、古くて小さな家に戻り、狭い台所で立ったままご飯を食べた。  テーブルに置いた先生からのプレゼントを何度も振り返ってみる。  ・・・未だに信じられない。あたしだけの絵だ。あの先生が、あたしだけに、書いてくれたタケルなんだ。  ・・・・ううーん。本気でプレミア物。死ぬときには一緒に棺おけに入れて欲しい。  あたしはお茶碗を手に立ったままご飯を掻き込みながら、うっとりとイラストの彼の姿を見詰める。  何か、あたしだけのものって印をつけたい・・・。  でも、先生の作品に手を入れるなんて、そんな、恐れ多くてやっぱり無理。・・・・いやいやいや、でもでも。こんなチャンスは、もうこの人生ではもう2度とないはずだ。  あれやこれやと考えて、結局深夜になってから、あたしはGペン(漫画を描くペン先の名前)を取って、イラストを前において深呼吸した。  そっと、そおーっと。  タケルの襟足のところに、あたしだけのマークをつけよう。  この絵は、あたしだけのもの。でも先生の繊細な絵を壊してはいけない。そんなことしたら死に切れない。
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