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黒猫はスイの足首にかじりつき、スイに鈍痛を与えている。スイの場合は土師と違い、本体に異常があると、精神体は即座に体へと戻される。
「ありがとうにゃんこ。おかげで助かった」
『まだ来るよ!』
どこからともなく声が聞こえると同時に、屋敷の玄関から爆音が響き、スイは慌てて振り返った。
考えるまでもない。あの釘女が、ドアをぶち壊して屋敷から出てきたのだ。
「こわっ。どうしよう。止めるべきかな? まあ逃げたところで――」
スイがひよったことを言おうとした瞬間、石材のようなものが壊され、崩れ落ちる音が二秒ほど連続する。
スイは目を覆う。
近所迷惑もいいところだ。
「ま、仕方ないか。刺激したのは僕みたいだし」
スイが義肢の留め具を外し、右手を宙に浮遊させる。
道路をのぞき込んでみると、玄関を出てきた釘女は、ちょうど道の反対側へと顔を向けているところだった。
「君は隠れてて。ささっと終わらせるから」
『ちょっと!』
制止する声を無視して、スイが道路へ飛び出す。
釘女の周囲には、砕かれたコンクリート塀のブロックが散乱している。
(弾ならある)
「あら、そちらにいましたの? 愛しい方」
ゆらりと振り返り、釘女はひときわ大きな釘を一つ宙に浮かべ、がっくりとうなだれる。
釘はぶるぶると生き物の蠕動のように震えて、スイに狙いをつけ、次の瞬間放たれる。
「よっ」
スイが飛びのき、釘はアスファルトに突き刺さる。
(やっぱり物理的に壊せるんだ。いいなぁ。僕にはできないのに)
俯いていた女性が、がくんと首を上げる。
「あら、美女の口づけを拒むなんて、つれませんね」
「悪いけど奥手なんで。ファーストキスは好きな人としたいんだ。代わりに一つ――」
くるりと、スイが青い手首を返す。
「プレゼントをしよう。女性な好きでしょう。石が」
崩れ落ちた塀の中から、比較的丸いコンクリートの塊が飛び出し、一直線に女性を狙う。
「あら」
小さく長い釘が連なって地面に突き刺さり、飛んできたコンクリート片をはじき、続けて地面に落ちたコンクリート片を、スイの視線から覆い隠した。
「ちぇっ」
(隠された。けど)
舌打ちをするスイ。手の内が筒抜けとは予想外だった。だが――
(本命はこっち!)
背中に隠していた義手が宙を奔り、女の鳩尾を強打する。
「ぐ、ぁ……っ!」
白目をむく女の胸ぐらを、義手が掴んで、頭からの転倒を防ぐ。
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