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「セーフ」
現れていた釘が順に薄れて消えていき、女の意識が断たれたことをスイに知らせてくれる。
女性をゆっくりと寝かす。本当に周囲の家には人がいないのか、人が出てくる気配はない。スイは左手でポケットから古いスマートフォンを取り出し、110番に連絡する。
「もしもし警察ですか? 近所の塀を壊してる人がいたので拘束しました。はい。えっと住所は――」
電柱に書かれていた住所を読み上げると、警察はスイに名前を聞いて、すぐに駆けつけると言って通話を切った。
「よし。じゃ、もう一つ――」
スイが振り返ると、例の黒猫が、角から顔だけ出して道をのぞき込んでいた。
「さっきしゃべったのは君だよね? どういう理屈?」
『いやぁ、まあ、私も二人と似たり寄ったりでして』
黒猫が道から姿を見せると、その上に、ブレザーを着崩した、薄くオレンジ色に光る、女子学生の姿が浮かび上がる。
横髪の一部を後頭部で止め、糸のようなリボンで飾り付けている。照れたしぐさで頭をかく様子は、肉体的な外見より、彼女を幼く見せていた。外見的には美少女だが、おそらく多くの人間に彼女の姿は見えていないだろう。スイの精神体と同じようなものだ。ただし彼女はスイと違い、自分の肉体とつながる、線を持っていないようだった。
『えーとですね、私はあの……』
指先を合わせて言いよどむ女子学生に、スイは割り込んで言う。
「一緒に行く?」
ぽかんとする女子生徒。
「一人は寂しいだろう?」
女子学生は表情をわずかに緩めると、するりと黒猫の体に戻って、スイの体に飛び付き、スイはその猫の体を抱きとめた。
「じゃ、警察が来る前に逃げようか」
黒猫を抱きかかえたまま、スイは走り出す。
翌日、地方紙の新聞に掲載された事件は、子供たちの間でひそかな噂となった。
「知ってる、幽霊坂の幽霊、退治されたって」
「知ってる知ってる。偽物だったんだろ?」
「そう。だから本物の幽霊が起こって倒したんだって」
「はぁ? 何言ってんだお前?」
「本当だって! のっちが見たんだって。右目がなくて、右手にだけ手袋をした悪魔が、幽霊を探して立って」
「幽霊と悪魔、どっちなんだよそれ」
「あれ?」
「しょうもねーな」
笑いあって、少年たちはゲームの話題に移る。
大した月日もなく、噂は薄れていくことだろう。
三章
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