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章1
ある大型病院の個室のベッドに、一人の少年が眠っている。
少年の身体には様々な医療機器が繋がれている。呼吸器、心電図、点滴、脳波測定器。右目にはパッチが当てられており、右腕がない。髪は肩まで伸びており、前髪も寝ていなければ鼻につきそうなほど長い。その髪の長さは、彼が寝ているのは夜だからではないということを、静かに語っていた。
そして少年の胸の中心から、天井にかけて、細い糸の様な光が伸びている。
病室にいる看護師は、光を無視して点滴を取り替え、少年の身体を少し移動させて、豹室を出ていってしまう。
光の線は天井を超え、上の階の病室の天井を抜け、屋上にまで続いている。
光の線は屋上からさらに数メートル上空にまで立ち上り、宙にぷかりと浮く人型にまでつながっていた。
その人型は、ベッドで眠る少年とほぼ同じ形をして、夜の帳の中、光の線と同じように青白く輝いている。ただ違うのは、宙に浮く人型は少し幼く、右目も右腕が残っている。
人型は宙に浮かびながら、ただぼんやりと、夜を通して光を失わず、活動を続ける遠い街並みを眺めていた。
夜明けが近づき、空の端が知らば見始めた頃、宙に浮く少年はぽつりと言った。
『そろそろ行こう』
少年は車から降りるような気軽さで、ひょいと宙から屋上へと降りる。
少年の人型は屋上の床をすり抜けて、消えていった。
金属のぶつかり合う音。重機のキャタピラが地面を踏みしめる音。作業員たちの声。大型トラックの後退アナウンス。
二年前にやむなく始めた仕事だったが、様々な音のする工事現場での作業が、少年は中々好きだった。
「おーい、スイ。そこ締めたら、ラチェット貸してくれ」
「うす!」
スイと呼ばれた少年は右目を前髪で隠した、一見すると陰鬱そうに見える外見だったが、そうはっきりと返事をし、手元のボルトを締め上げ、声をかけてきた作業員の元へと走る。
地上七階の相当につくられた鉄板の足場だ。うっかり足元を見ると一般人ならくらくらしてしまいそうなものだが、スイにはもうそういった恐怖心はなく、素早く作業員へ工具を手渡した。
「どぞ」
「おう」
「どうしました、自慢のラチェ子さんは」
「ハンドルが歪んじまったみたいでな。どうもうまくいかん。お前は下から予備貰って来い」
「うす。ちょっと横で」
「おう。気をつけろよ」
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