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スイは先頭の中のゴミ箱に、飲み干したジュースの缶を投げ捨てる。
ゴミ箱に吸い込まれていく缶は、ぐしゃぐしゃに潰され、ビー玉のように丸められていた。
「いつも御免ね。子供が家を出て、この人寂しいのよ」
「いえ、僕も嬉しいんで。からあげ、ありがとうございます」
「いつでもいらっしゃいな」
監督を彼の家まで送り届け、監督の奥さんに夕食のおすそ分けを貰って、スイは夜道を歩く。
我慢できなくなって、ビニール袋の中の唐揚げを、人にぶつからないよう気をつけながら、つまんで食べる。
歩いているのは、八時を過ぎてなお賑やかな商店街の裏手。商店街の、道路を挟んで反対側の並びに、スイの家はある。
築六十年の二階建てボロアパート。壁は薄く、風呂もないが、意外にも隙間風は少なく、入り口と裏手には、長時間録画が可能な防犯カメラなどが取り付けられている。夜を通して賑やかな商店街が近いので、静寂とは縁遠いが、一人暮らしのスイには、少し騒がしいくらいが丁度いい。
鍵を開いて、六畳間とキッチンとトイレだけの、狭い我が家に入る。布団は敷きっぱなし。ちゃぶ台も置きっぱなしで、スマートフォンの充電器だけがぽつんと置かれている。
スイはからあげを冷蔵庫に放り込み、取り出したペットボトルのお茶を一口飲むと、ボトルをちゃぶ台に置いて、布団に倒れ込んだ。
(ちょっと疲れたな……今日は)
うつぶせのままスイは目を閉じ、そのままの体勢で、ゆっくりと意識を肉体から解離させる。
四年前の意識不明から、何度も繰り返した遊びだ。
意識が肉体から離れ、スイの姿をした青白い塊となって現れる。ただし本体と違い、こちらには両腕と両目が、しっかりと残っている。
スイの視界は今、青白い写し身の目にあり、その姿は自分以外に近くされたことはない。スイにも正体はよくわかっていないが、幽体離脱という表現が、一番近しいと彼は思っている。
スイの幽霊は宙に浮かび上がり、屋根を抜けて、中空から町を見下ろす。感じることの多い日は、こうして宙に浮かんで、夜景を眺めて心を落ち着ける。
今日はそんな、悪くない日だった。
朝起きると、スイはひりひりするような冷たい水で顔を洗い、着替えを済ませて家を出た。
目を覚ましたのは日の出とほぼ同時。日曜日だ。出社の必要はないが、考えごとをするため、公園に散歩へ向かったのだ。
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