第1章

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 窓をすり抜け、広い屋敷を探索する。  部屋の中には、ちょうど夕日が差し込んでおり、足元がちゃんと確認できる。床も調度品もきれいなものだ。特に誰かが嵐に入った様子はないが、カリカリとどこからか小さな音が漏れ聞こえてくる。 『なんだ?』  首をかしげながら音のした方角へ向かうと、玄関にたどり着いた。埃が降り積もり、しばらく誰も出入りしていないだろう玄関で、首輪もつけていない一匹の黒猫が、必死に扉を駆け上り、カギをたたいては滑り落ちている。 (? なんでカギを?)  おそらくどこからか侵入したのだろうが、猫がドアのカギを開けて逃げようだなんて思うだろうか?  疑問は尽きないが、スイはひとまず、げた箱の上に置かれていた短い靴べらを宙に浮かせ、その先端でカギを押し開けた。 「にゃっ!」  猫が慌てて振り返り、宙に浮かぶスイと目が合った。 『え? 君見えるの?』 「ふにゃあああああっ!」  奇声を上げた猫が再びドアを駆け上がると、ドアノブに前足をかけ、後ろ足でドアを蹴って器用に扉を開けると、ドアの隙間から外へと滑り出る。 『行っちゃった。まあいい――』  カツン。  と背後から、高い音が響く。  コツ、コツ、コツと連続して、少しずつ音は近づいてくる。  振り返ると、そこでは真っ赤なドレスを着こみ、踵の高いハイヒールを履いた女性が、化粧のぐずぐずに崩れた顔で笑っていた。 「あら幽霊さん。音の正体はあなたですか?」 (こっちも見えてるのか)  内心で焦れるスイ。生身の肉体であれば、脂汗を浮かべていただろう。 『……いや、たぶん違うよ。僕は来たばかりだし』 「あら、そうですか」  キョトンとした顔をするドレスの女性。 (意外と話が通じそうかな?)  などと思うのは間違いだ。室内で靴。しかも不法侵入者の幽霊に平然と話しかける頭が、まともなわけがない。 「まあいいです。念のため、息の根を止めましょう」  にっこり笑う女性の頭上に、無数の巨大な釘が出現する。  少女の二の腕程度の太さはありそうな釘は、紫紺色に光りながら、ゆっくりとスイの顔面へと先端を傾ける。 (あ、これ死ぬやつだ)  ぞくっと背筋を震わせた、その直後。  スイの精神は一瞬で、元の体へと引き戻された。 「うっ……おっと」  ふらついてたたらを踏み、手を膝につくと、足元にいる、先ほど逃がした黒猫の姿が目に入った。
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