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ビルの切れ目の、二階の踊り場から飛び降りた晴直が、道路を転がりながら着地し、女の前に立ちふさがる。
「いかねぇぜオイ」
「それはちょっとズルくない?」
苦笑いを浮かべながら、女は僅かに後退する。
対する晴直の表情に笑みはない。
「別に俺が二階に上がるのは禁止してなかったしな。俺の勝ちってことでいいよな?」
「まさか。オブジェに触れば私の勝ちなんだから」
女は身体を揺らして後退し、助走をつけて晴直へ突っ込んでいく。
スキットで走りながら、女は二つのERを同時発動する。
一つは自分の姿を隠すER。完全には見えなくならないが、一瞬姿を隠す程度なら十分だ。
そしてもう一つは、自分とまったく同じ姿をしたER。その分身は、晴直を挟んで、女とは反対側へ向って走る。
晴直の視線が分身へ引っ張られる。
(私の勝ちだ)
そう思った女が晴直からオブジェクトへ視線を移した瞬間、晴直の耳が、本物の女へと傾いた。
「捕まえた」
襟が晴直の手につかまれ、女の身体が急停止する。
小さくモーター音がして、スキットの底が地面に付いた。
「……運がいいのね」
悔しさをかみ殺し、女は俯き、手首に着けられたブレスレットを眺めて言う。
「身体なら見えなかったぞ。多少歪んで見えたが」
「え? じゃあ、どうやって?」
背を向けていた女が、赤い目元を拭って振り返り、晴直は顎で女の足元を差す。
「そのスキットってのは、使うと高い音が出るだろ。横を抜ければ流石に分かる」
「え、そんな音聞こえる?」
「聞こえる」
「それでか……」
女は一瞬俯いた後、大きく両手を上げる。
「あー、もう。はいはい。私の負け。アンタのことは諦める。けど警察に入ったりはしないでよ? ただでさえ厄介なのがいるんだから」
「いや、入るよ」
「あのね! そこは譲れない――」
「そっちのグループにだ」
詰め寄る女に晴直がさっと言いかえすと、女は「は?」と目を丸くする。
「不満か?」
「いや別に……なんで?」
「……はぁ」
大きく息を吐いた晴直が、女の頬をつまんで引き延ばす。
「いででででで」
「お前が! 人の迷惑も考えず行動する馬鹿だからだ! ばーかばーか!」
「んにゃにを~!」
「誰かが押さえないと迷惑だろ! いいな!」
「このっ!」
女が晴直の手を振りほどく。
傷む頬をさすりながら、女は「ふんっ」と鼻を鳴らす。
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