第1章

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「マジか! 案内してくれ! 頼む!」  野乃と華凜を引きずって詰め寄る晴直に、アトリはベッドの上で後ずさる。 「調べて自分で行けよ。何が悲しくてお前とデートなんか」 「男同士でデートもないだろ」 「誰が男だ! 俺は女だ!」 「えっ?」  晴直が振り返ると、うんうんと頷く野乃と華凜。 「そうか……」 「そうだよ。全く」 「ちょいと失礼」  晴直がアトリのシャツに手を入れ、胸板と表現したくなる平たい胸に手を当てる。 「ぎゃああああっ!」  アトリが晴直の顎を蹴りあげる。 「何すんだばか! セクハラばか!」 「いや、ちょっと確認を」 「なにがだ! ばか!」 「怪我。痛むんだろ?」 「ぐっ!」  押し黙るアトリ。  晴直は一つ溜息を吐いて立ち上がる。 「野乃、悪いけど付き合ってくれ。俺一人だと多分迷う」 「はいはーい、逃げられても困るし、しっかり見とくよ」 「惚れんなよ?」 「ないない。ないって」  パタン、と家の扉が閉まる。  僅かな沈黙の後、華凜がため息交じりに口を開く。 「怪我、ホントにしてるの?」 「……まあ、な」 「ちゃんと言いなさい。手当てもしないといけないし、作戦にも影響するんだから」 「ん……悪かった」 「どれ」  華凜がアトリのシャツに手を入れる。 「ぎゃあああああっ! 何すんだテメェ!」  アトリの叫びが部屋に響き、廊下にまで轟いた。  アジトから西の商店ブロックに、地上時代の食料を売るその店はあった。  内装は木目の壁紙。棚も木目のプラスチック。地底人には木材に見えるのかもしれないが、晴直の眼には雑な模造品だ。  しかし置かれている食器や食品は紛れもない本物だ。  が―― 「たっけぇ……」  値札には醤油が一リットル三千円。米がキロ四千円。味噌が五百グラム二千五百円と、晴直の常識とはかけ離れた値段が書かれていた。 「やめとく?」 「いや、買う」  身体を捻って晴直の顔を覗き込む野乃に、ハッキリと断言する。  幸いにして金はある。銀行に預けていた金も、親族が残してくれた金も、口座にたんまりと残っていた。長年の利子か、人生の半分は生きていけそうな額があった。 「せっかく残してくれたんだ。必要なもんじゃなくて、買って嬉しいもんに使おう」 「その考え、僕も好きー」  にっ、と笑いあって、食材と食器をぽいぽいとカゴに入れる。
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