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緊張の高まる中、野乃が晴直の後ろで、ひそかに晴直の裾を引いた。
「三秒、全員の気を引いて。そしたら無人機は僕が引き受けるから」
「了解」
パンと手を叩いて、霧と、寄って来た警官の注目を集める晴直。
ニヤリと笑って、宣言する。
「蜘蛛には蜘蛛。今度は宴会芸じゃねぇ。本気で逃げさせてもらう」
右手を前に出し、上に向けていた掌をくるりと下へ向ける。
「ER・群蜘蛛流し!」
ずるり。
手のひら大の黒い蜘蛛が晴直の掌にあらわれ、次々に地面に落ちていく。
蜘蛛は前回まで開けられた蛇口の水のように産まれ落ち、あっという間に量を増やし、地面を這い、波紋のように八方へと広がっていった。
「いやぁあああああああぁぁっ! なにこれ! なんですかこれ!」
悲鳴を上げて、女性警官は霧の身体にしがみ付いた。
「ただのER! 離れて!」
そう言いながら、霧自身もおぞましさのあまり身を凍らせている。
「ちび!」
「うまく逃げ切ってね!」
野乃が走りだすと、同時にERが発動し、蜘蛛の波に乗るように、五つの分身が走りだす。
直後に蜘蛛のERが消滅し、スティルスパイダーが分身を追いかけて跳躍する。
「釣られた!」
「ハルは残ってる。彼の確保が最優先!」
「は、はい!」
霧が構えを取り直し、警官も霧から離れて重心を下げる。
対する晴直は、腰に手をあて、余裕ぶって構えている。
少しずつ霧から離れながら、警官が言う。
「今なら間に合いますよ。あんな組織は抜けてください。そして私の出世に協力してください」
晴直は笑ったまま一言も言い返さない。
霧は距離を測っていたが、頭の片隅で、妙な違和感が言葉になった。
(大人しい? ハルはこんな人間じゃなかったはず)
「妙に大人しいじゃない」
沈黙は続く。表情も変わらない。
「…………! まさか!」
足元に落ちていたゴム手袋を拾い上げ、晴直へ向けて投げつける。
晴直は全く避ける素振りを見せず、手袋は晴直に当たり、そして貫通した。
貫通した箇所から、ボロボロと立体映像が崩れ落ちていく。
「やられた……ER」
いらだたしげに残るERをかき消す霧に、警官が歩み寄る。
「いったい、いつの間に……」
「子どもの分身が走りだした直後ね。スパイダーも撒かれたか……まいったまいった。非番とはいえ、上に文句言われるなぁ」
「言わなければいいのでは?」
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