第1章

17/22
前へ
/22ページ
次へ
 緊張の高まる中、野乃が晴直の後ろで、ひそかに晴直の裾を引いた。 「三秒、全員の気を引いて。そしたら無人機は僕が引き受けるから」 「了解」  パンと手を叩いて、霧と、寄って来た警官の注目を集める晴直。  ニヤリと笑って、宣言する。 「蜘蛛には蜘蛛。今度は宴会芸じゃねぇ。本気で逃げさせてもらう」  右手を前に出し、上に向けていた掌をくるりと下へ向ける。 「ER・群蜘蛛流し!」  ずるり。  手のひら大の黒い蜘蛛が晴直の掌にあらわれ、次々に地面に落ちていく。  蜘蛛は前回まで開けられた蛇口の水のように産まれ落ち、あっという間に量を増やし、地面を這い、波紋のように八方へと広がっていった。 「いやぁあああああああぁぁっ! なにこれ! なんですかこれ!」  悲鳴を上げて、女性警官は霧の身体にしがみ付いた。 「ただのER! 離れて!」  そう言いながら、霧自身もおぞましさのあまり身を凍らせている。 「ちび!」 「うまく逃げ切ってね!」  野乃が走りだすと、同時にERが発動し、蜘蛛の波に乗るように、五つの分身が走りだす。  直後に蜘蛛のERが消滅し、スティルスパイダーが分身を追いかけて跳躍する。 「釣られた!」 「ハルは残ってる。彼の確保が最優先!」 「は、はい!」  霧が構えを取り直し、警官も霧から離れて重心を下げる。  対する晴直は、腰に手をあて、余裕ぶって構えている。  少しずつ霧から離れながら、警官が言う。 「今なら間に合いますよ。あんな組織は抜けてください。そして私の出世に協力してください」  晴直は笑ったまま一言も言い返さない。  霧は距離を測っていたが、頭の片隅で、妙な違和感が言葉になった。 (大人しい? ハルはこんな人間じゃなかったはず) 「妙に大人しいじゃない」  沈黙は続く。表情も変わらない。 「…………! まさか!」  足元に落ちていたゴム手袋を拾い上げ、晴直へ向けて投げつける。  晴直は全く避ける素振りを見せず、手袋は晴直に当たり、そして貫通した。  貫通した箇所から、ボロボロと立体映像が崩れ落ちていく。 「やられた……ER」  いらだたしげに残るERをかき消す霧に、警官が歩み寄る。 「いったい、いつの間に……」 「子どもの分身が走りだした直後ね。スパイダーも撒かれたか……まいったまいった。非番とはいえ、上に文句言われるなぁ」 「言わなければいいのでは?」
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加