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機会を爪先に取りつけ、踵を合わせ、地面を踏みこむと、カチっと音がしてスキットとやらが女の足に装着される。
「遅いのか、足」
「あなたと比較すればね。私だけじゃないわ。人類全般。地下への移住で、生活がコンパクトで便利になってね、地底人は地上人より身体能力が低くなってるの。だからこっちも使わせてもらうわね」
女が右手を顔の前で振ると、白い模様のない仮面が女の顔に現れる。
髪を撫でれば赤く染まる。初遭遇した時の女の姿だ。
「ARか? でもグラスが……」
「強化現実、Extend Reality。フェアじゃないから、一応使うってことは言っとくわ。ま、仮面は付けないけど」
女が再び顔の前で手を振ると、それに合わせて仮面が消える。
「要は立体映像みたいなもんか?」
「自分で試してみなさい。いい。ルールはこう。私が駅前の変なオブジェクトに触れば私の勝ち。それまでに貴方が私に触れれば貴方の勝ち。私は二階以上には上がらない。待ち時間は三秒。オーケイ?」
「あと他人への迷惑は最小限な」
「オーライ。じゃ、始め!」
晴直が立ち上がるのも待たずに、女は階段から滑りだしていく。
「準備運動くらいさせろっての」
晴直は文句を言いつつ立ち上がり、人にぶつからないようゆっくり道へ出ると、左手の道へ向き直り、途端に一気に走りだす。
人通りは多くない。女の背中もハッキリと見えている。その速度は、晴直の想像よりずっと遅く見える。
(二十秒くらいで追いつけるか)
少しずつ距離を詰めていくと、唐突に女が、スキットで前方へ滑ったまま振り返り、晴直へと手をかざす。
「身をもって知りなさい! ERの恐ろしさ!」
翳した女の手から、腕より太い杭が発射される。
「んなっ!」
驚愕に顔をゆがめ、晴直は杭を避けるため大きく横へ跳ぶ。
「うごっ!」
道路標識に頭をぶつけ、涙を浮かべながら立ち上がって走りだす。
(避けなくていいのか。立体映像だから)
「くそっ!」
怒りを露わにした凶暴な表情で再び追いたてる。
「うっそ! リカバリ早いな!」
女が接近に気付くが、距離は次第に詰まっていく。
(あれが出力の限界か。となると、距離を詰めればまた)
「くらえっ」
女が再び杭を発射する。
(無理に無視するよりは――)
晴直はその杭をギリギリでかわし、速度を緩めないまま女との距離を詰めていく。
「なっ!」
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