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「まだ、私がお前を好いていると言う事を信じていないのか。まぁいい。それは別の時にじっくり話そう。桜の樹の下に屍体が埋まっているという短編はざっくり言えば綺麗に咲き誇っている桜を見た男が不安で憂鬱な気分になった理由を語った話だ。こんな綺麗な桜には綺麗な理由があるはずだとな。その理由が樹の下に屍体があってその血を吸い上げているからこそ綺麗なんだと想像して安心する話だ」 「ざっくり解説したな」 「いいんだ。話の内容をどう解釈するかは読んだ人間の自由だからな。そこを語り合うことはあっても争うつもりはない」 「沙紀は自分の古い記憶の中で感じている恐怖はそれと同じだと考えているのか?」 「いや、それは違うな。綺麗な事に理由なんてない。綺麗なものは綺麗なんだ。綺麗になった過程はあっても理由はない。人間でも同じことだ綺麗な人間は生まれた時から綺麗か、綺麗になるように自分を変えてきた人間というだけだ。そこには劇的な理由も薄暗い憂鬱もない」 「身もふたもないな。人は美しいものや綺麗なものを見るとその裏に何かあるんじゃないかと勘繰るのは当然な気持ちだと思うぞ」 たとえば沙紀。お前を見るように。沙紀を見た人間は尊敬し同時に嫉妬する。沙紀を褒め称える一方で沙紀が失敗することを醜くあることを望んでいる。 「もちろんだ。人間は不安で臆病で弱いものだからな。でもだからこそ、人は今日まで生きて繁栄してきたともいえる。人は臆病だから慎重に生きて弱いからこそ学習してきたのだから」 「沙紀が言うと説得力がないな」 皮肉を言ったつもりだった。 「そうだな。私は基本的に何でもできてしまうからな。でもそれは関係がないのだよ。私だって完璧な人間じゃない。失敗するしミスもする。失敗しない人生は人生を失敗するのだからな。失敗は成功の母とはよく言ったものだ。ただ、失敗は成功の母ではないよ。失敗というのは途中経過なのだから。失敗とは失敗するということを検証できたという成功でしかないのだから」 「普通の人間は沙紀ほど強くないんだよ。失敗は失敗で終わりさ。次につながるとは限らない。次こそは。今度こそは。と立ち上がれるのは強い人間だけだ。そして人間は弱い生き物だ」
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