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キャンプには低学年の頃、一度だけ行ったことがある。発作があるので僕だけお母さんもついてきて、楽しい思い出はあまりないのだけれど、現地にいたボーイスカウトの先生が、オレンジ色に揺れるキャンプファイアーの炎を背に、教えてくれたことを思い出した。
「もし山の中で道に迷ったら、川に沿って下ったりすると、急に滝になっていたりして危険なので、山の上のほう向かいましょう。帰り道から遠ざかるように思えますが、高い所にいたほうがヘリコプターから発見されやすいからです」
広場から見上げてみると、少しずつ東の空が夜になりかけている。
もうここから動けそうにない。あの筒を使って助けを呼んでみようか。煙だから暗くなったら気付かれないだろか。助けよりも早くあの女の人に見つかってしまいやしないか。
「……あ、まずい…………」
色々と考えているうちに、毎度の眠気の発作がやってきている。迷っている暇はない。
筒に書いてある説明の通りに、キャップをはずして、マッチのようにこすり合わせる。力がないので、なかなか点火してくれない。
「早く……早く……」
なかなか点かなかったけど、手汗で滑った表紙に運よく火が灯り、僕は筒を空に掲げて、左右に大きく振った。
周りはとても静かで、筒の燃えるシューという音だけが響き渡る。
お母さんは僕の捜索願いを出しているのだろうか。警察はこの山の方に連れ去られたことに気付いているのだろうか。
不安で押しつぶされそうになり、同時に眠気も襲ってくる。
「……………お~~~~~~い。お~~~~~~~い」
遠くから声が聞こえてくる。広場の先のほうからだ。
「あっ!」
捜索隊でも、お母さんでもない。遠くから手を振って駆けてくるのは……僕を誘拐した、あの女の人だ!
逃げ出したいけどもう足が動かないし、眠気も限界まできている。
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