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特段目端が利かなくても、人生を十何年も過ごしてくると、ある日突然幸運が訪れて来るなんて無いことに気が付くものだ。特に、もしかしたらのかすかな期待を一日持ち続け、結局空振りに終わることを何回も繰り返すと、ラノベや漫画で描かれる事態が、自分に起こるものでは無いことが骨身に染み込んでしまう。
と言う訳で、わがクラスの男子生徒の大半は二月十四日、世間的にはバレンタインデーと呼ばれる日にあっても、諦めの境地の中、明鏡止水の心持ちで安逸をむさぼっていた。
そうした平穏をひっくり返す異変が発生した。大きな紙袋を提げて教室に入って来た四條さんが、リボンを結んだ袋に入ったチョコレートを男子生徒全員に配り始めたのだ。「食べてください」と微笑みながら。
皆、「どうも」とか「あ、ありがとう」と言って受け取ることしかできない。俺もそのひとりだった。一通り配られた後になって、男子たちはこそこそと話し始める。
彼女は博愛的な活動をするタイプではなかった。休み時間にはほかの女子とおしゃべりをするのでなく、自分の席でひとりで本を読んだりしていた。革装をした分厚い本だ。
「寂しい俺たちを気遣う心優しい女性だったんだ」
「そういえば、彼女、図書室で料理の本を調べていた」
「スーパーでカゴ一杯に何か買っていたのを見た」
俺たちのこそこそ話は次第に妄想を帯び始める。
「実は意中の人がいて、ほかの男子に配ったのはカムフラージュなのじゃないか」
「本命の袋には密かにメッセージが入っている」
などと。
俺は自分のもらった袋を眺めた。透明なフィルムの中にハート形のチョコレートが入っている。波打った表面は手作りっぽいものだった。メッセージを書けるようなものは何も入っていない。
そう思いながらもなんとなく開けづらく、リボンで封じられたままの袋を机に置いた時、背後にじっとりとした視線を感じ、後ろを振り向く。俺の目に飛び込んで来たのは、机に立てた革装の本の陰からこちらを見つめる四條さんの姿だった。まっすぐ俺の方を見ている。
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