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だけどその目つきは、恋する人を見つめる乙女の瞳ではなかった。不安そうな顔で身体を縮こまらせている。失敗をしてしまって、どうしたらいいかおろおろしているように見えた。
俺と目が合ったのに気付き、四條さんは一瞬目を伏せた。でもすぐに顔を上げ、手をぎゅっと握りしめてから立ち上がる。こちらへつかつかと近づいて来た。机のすぐそばに立って俺を見つめる。
「あの……、そのチョコを返してください」
「え……」
意外な申し出に俺は言葉を失った。
「それは、違うんです」
「違うって……」
「とにかく違うんです。わたしは本当は……。どうか返してください。すぐに別のを持ってきますから」
「はあ……」
俺は考えた。どうやら本命向けの特別なものがあると言う妄想が当たっていたみたいだ。それが何かの間違いで俺のところに来てしまったのだろう。だからそれを取り返して……。
だったら返すしかないか、そう思いながら四條さんの顔を見る。緊張して泣き出しそうな彼女は驚くほどかわいかった。それなら……。
「わかった。返してあげるよ。その代わり、」
おれは表情を和らげる。
「俺と一度デートしてくれないか。映画を見に行くなんてどうかな」
「え!」
彼女は丸めた手を口に当てたが、すぐにこくんと頷いた。
「い、いいわよ。返してもらえるのよね……」
「じゃあ、これ」
チョコレートの袋を渡すと、四條さんは自分の席に急ぎ足で帰って行った。
四條さんはすぐチョコレートの袋を持って帰って来た。
「じゃあ、これでお願いします」
彼女から袋を受け取る。さっきの袋とどこが違うのか全く分からなかった。
「ありがとう」
「あのね、さっきの映画の話だけど……」
うつむいて話す彼女を見ていて可哀そうになった。きっと本当に好きな人が別にいるんだ。
「さっきのは冗談だよ。気にしなくていい」
彼女の気持ちを邪魔しちゃいけない、そう思ったんだ。すると……、
四條さんはすっと顔を上げた。見開いた目が、みるみる涙で潤んでくる。
「ひどい。一度幸せな気持ちにさせておいて突き落とすなんて……」
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