桜とスニーカー

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     7 「や、これはレイモンさん。どうぞおはいり下さい」 「お休み中のところ申しわけありませんね。お店の灯りが点いたので、お帰りかなと・・・」  私立探偵は、すすめられるままにテーブル席に腰をおろすと、でかい紙袋をテーブルの上に置いた。 「これを山田さんに渡すように、ある人から頼まれましてね」  儂は紙袋を受け取り、中を覗いて、仰天した。  スニーカーが詰め込まれていたのだ。  色はピンク。しかも三足。  大きさは、幼児用が一足と大人用が二足。  心当りがあった。あの丸山隊員だ。あのヤロー、儂にスニーカー履いてますねなどと言いやがって、実はこの仕打ちか、しかもピンク! 「断っておきますが、スニーカーパトロール隊からの贈り物ではありません。よくご覧ください、見覚えはありませんか」  儂は袋からスニーカーの束を取り出した。  どれも新品ではなく、何回か使用した形跡があった。泥などの汚れはついていないが、履いた時にできるヨレが幾筋もある。 「中古の靴だな」 「ええ、そうです。このスニーカーはある女性から頼まれて、あなたに渡してくれと」 「ほう、そんなヘンな人がいるんだ」 「失礼を承知で、あなたの事を調べさせてもらいました」 「なにい?」  来客用に用意しかけていたお茶の手が止まった。  何を言ってるんだ、この若造は?儂はレイモンを睨みつけた。しかし、彼は儂の不快な表情に臆することもなく、しゃべりだした。 「山田さんのスニーカー嫌いがあまりにも異常なのでね。わざわざ、遠方まで眼鏡フレームとチョコレートを取りに行くなんで、まともじゃないなと思ったのですよ」 「ふん、余計なお世話だ」 「ええ、確かに。このピンクのスニーカーは、分かれた奥様からですよ。小さいスニーカーは亡くなられた美穂(ミホ)ちゃんの物です。思い出されましたか」 「ああ、よく憶えているよ」  儂は大きな溜息をついた。心の深奥に封印しておいた記憶だった。もう二度と触れたくない記憶だ。 「それで、真理子はなんと?あいつは儂と別れたあと、再婚したときいた。そんな話を、今頃蒸し返されてもなあ」 「いいえ、真理子さんは再婚されていません。独身のままです」 「え?あの時、あいつは・・・」  儂は耳を疑った。あの事件以来、二人の仲は急速に悪化したのだ。
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