桜とスニーカー

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          1  健康健脚推進法が施行されて半年が経過した。これはとんでもない悪法だった。なにしろ、外出時は必ずスニーカーを履いて、脚の健康に留意しなければならないのだ。それもただのスニーカーではダメで、脚全体、体全体によい効果がでるモノでなければならない。  学生や子供ならともかく、ビジネススーツの男女もスニーカーを履いて出勤しなければならなかったのである。このスタイルがいかに滑稽であるかおわかりだろうか。  ドレスコードが完璧に無視されている。  しかも、罰則規定まで用意されていた。初犯は口頭注意ですむが、違反回数が膨らむと、収監され禁固刑に処せられるのだ。もちろん、前科もつくし、罰金もごっそりとられる。  もうじき、桜の季節だというのに、なんという憂鬱なのだろう。  儂は、花見が大好きである。  重箱に、握り飯やとりの唐揚、卵焼き、ブリの照焼に春野菜の煮つけを詰め込んで宴会に臨む。もちろん、日本酒、ビール、発泡酒も大量だ。  儂は、先代の親方から味を引き継いだ割烹職人である。あいつはチョー頑固者だと陰口を叩かれているのも知っているが、儂の料理を食った奴が、次の日から尊敬の眼差しで眺めてくれるののも知っている。  まあ、そんなのはたいした事じゃない。  問題は、新しく発足したスニーカーパトロール隊の存在だった。連中は、儂に目をつけておるからな。  あんなバター臭いスニーカーなんぞ履けるかい!って、愛用の下駄をつっかけて闊歩していたら、チョコレート色の制服を着たパトロール隊員が血相を変えて駆け寄って来た。 「山田さん、あなたの違反はこれで3回目ですよ。1回目と2回目は口頭注意で済みましたけどね、今回は罰金です。今、違反切符を発行しますから逃げないでくださいね!」  背の高い隊員は眼鏡の奥の眸をぎろりとさせた。これもチョコレート色のポーチから切符の束を取り出すと、金額をさらさらと書きなぐり、一枚の紙きれをよこした。 「銀行かコンビニから振り込んで下さい。いいですか、今度やったら、あなた、タイホしますよ。覚悟して下さい」 「儂を捕まえるのか。靴を履かないぐらいで」 「靴ではありません、スニーカーです」  隊員は訂正し、さらにつけ加えた。
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