桜とスニーカー

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「盗聴!そいつは穏やかでないなあ。ヤバイということか」  儂は唾を飲み込んだ。 「これからそちらの店に行きたいが、あいにくビールを飲んでしまった」 「はあ、おクルマですね。では明日の午前中に、お越しください。お仕事に差し支えありますか」 「いや、行けると思う」  明日の板場は若い衆に任せよう。 「わかりました。では、明日お待ちしています」  電話はそこで切れた。  儂は残ったビールを空にすると、夕方の仕込みにとりかかった。          4   翌日。 「その奇妙な店」という名前の店は、本当に奇妙な店だった。商店街のはずれにあったのだが、間口があまりにも狭くて、うっかりすると通り過ぎてしまいそうだった。看板もないし、店舗の壁などに派手なペイントを施すとか、商売っけが全くなかった。蒲鉾板のような表札が、入口とおぼしき扉にへばりついているだけである。  扉はいかにも安っぽいアルミでできていた。ドアノブに鍵はかかっていない。  施錠されていても、蹴り飛ばせばすぐに壊れそうだ。  中に入ると、高校生くらいの男の子が迎えてくれた。  シチュエーション的には、店内は暗くて、そこに陰のある若い女が登場するはずなのだが。  儂の期待は裏切られた。店内は明るいし、若い女もいない。  ガラスのショーウインドウがあって、その向こう側に学生服の少年が、儂を眺めていた。   「いらっしゃいませ、山田さんですね」 「うむ」  儂は頷きながらガラスケースの中を覗いた。  ケースの右半分には大小様々、包み紙の色も様々のチョコレートの箱がびっしりと陳列してある。そして、ケースの左半分には三角、四角、丸型の眼鏡のフレームがごっそりと山積みになっていた。 「チョコレートは108箱、眼鏡フレームも108本用意しました。いかがですか、山田さん」 「儂に買えと言うのか。しかし、これはいったいナンダ?」 「袖の下ですよ。アルパカ探偵のレイモンさんによれば、スニーカーパトロール隊のふたりは、チョコレートと眼鏡に弱いのだそうです」 「??] 「ひとりはチョコレート中毒症、ひとりは眼鏡フレームフェチ。もう、おわかりですね。これでパトロール隊員は、あなたがスニーカーを履いていなくても履いているように見えるのですよ」 「嘘だ。そんな戯言。儂をバカにしてるな!ふざけるな!」
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