桜とスニーカー

8/12

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 気前よく、段ボール箱をひとつずつ渡してやった。  眼鏡フレームマニアの丸山冬ニ隊員が言った。 「私の趣味はフレーム集めです。ですが、こんなので、スニーカー罰金を踏み倒せませんよ」  続いて、チョコレートマニアの北川朔太郎隊員が言った。 「私の趣味はチョコレートを食べることです。ですが、こんなので、スニーカー違反を見逃したりしませんよ」  情報によれば、スニーカーパトロール隊員は、袖の下つまりワイロを受け取るということだったが、これでは話が違う。  段ボールをいまさら返せとも言えないし、返されてもそんなガラクタを仕舞う場所などない。  くそう!   地団駄を踏んでいるうちに、彼らは、ほいさほいさと運んで行ってしまった。  まあ、しかし。効果はあるかもしれん。  儂は少しだけ期待をしながら、家に帰った。        6  日曜日。  きょうは花見の日。  早朝から、儂は厨房で宴会用の料理を作りまくった。  フライヤーは唐揚でぼくぼくと油煙を上げ、荒磯はやきとりの香ばしい匂いをまき散らし、鍋のまわりは野菜の炊き合わせの湯気で白くなり、炊飯釜はピーピー鳴っている。  出来上がった料理を手際よく、重箱に盛りつけていく。  一の重、ニの重、三の重。  あとは酒だ、ビールだ、ジュースだ、発泡酒。  その頃になって、若い衆たちが「おはようございます」と出勤してきた。  ばっきゃろー!(ばかやろー)今、何時だあ! おせえぞ!  儂は怒鳴り飛ばす。  すんません、大将。あと、食う方はおれらがやるんで。  弟子たちが切り返す。  完成した重箱や酒類を外へ運びだしていく。  会場のドングリ山公園までわずかな距離である。  桜は満開。  公園は桃色の花びらに埋め尽くされている。  宴会が始まってしばらくすると、スニーカーパトロールの制服姿が見えた。  儂は相変わらず下駄ばきだ。  あいつら、儂を見咎めるか、それともスルーするか。  賑わう花見客たちの陰に見え隠れするスニーカーパトロールの制服。二人だと思っていたら一人だけだった。  眼鏡フレームコレクターの丸山冬ニだ。  丸山隊員は、儂の存在に気がついたようだ。 「こんにちわ。見回り御苦労さまです」  儂はわざとらしい挨拶をしてやった。 「どうも。いい花見日和ですね」 「きょうは連れの隊員はいないのですか」    
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加