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結局男は三十分悩んだ末に、その「量子の造花」の購入を決めたのだった。最後には満足そうな顔で出て行く男を見送り、店内へと戻った主人が僕に目を向けた。
「やあアルバイトくん。また儲かってしまったよ」
あの胡散臭い爽やかな笑顔はどこへ消えたのやら。にやにやと笑みを浮かべていた。
「あのガラスケースの中身、そんな代物だったんですか」
「そんなわけないだろう、あの中には何も入っちゃいない。入っているのは差し詰め虚栄心ってところさ」
そんなものを売りつけるのがこの店の日常である。店においてある高級品とは別に、特別な品物が手に入ったなどと嘯いて、客を騙して利益を得る。金持ちたちは挙って、自分の目に狂いはないと言い張り、この店にはクレームのひとつも入ったことはないのだ。
「あいつらは自分が特別な人間だと信じている。特別な人間にしか見えない、見せない、譲らない。そんなことを嘯いてやれば、自ずと騙されて買ってくれるのさ」
そういうと店主は、何一つ悪ぶれることもなく、鼻歌を口ずさみながら店の奥へと引っ込んでいった。
「マスター、いつか地獄に落ちますよ」
ため息混じりにそういったが、きっと聞こえていないだろう。
それから一時間ほどカウンターに座り店番をしていたのだが、客は一向に来なかった。
路地裏にひっそりと、雰囲気からして怪しいでこの店に入ってくる客は珍しい。半年前からここでアルバイトを始めたのだが、いつもこんな調子だ。稀に来る金持ちの客には店主が対応しているので、僕の仕事は主に掃除となっている。
カウンターに座りながらうとうととしてきたころ、からんからん、と店のドアが開く音がして目が覚めた。目をやると、女子高生が一人おずおずと店の中へと入ってくるのが見えた。
「いらっしゃいませ」
「あ、あの、ここ特別なものが売っているって聞いて」
この店の話を聞いてきた、ということは僕が対応する相手ではないかもしれない。そう思って店主を呼びに行こうとしたところ、どこかで話を聞いていたのか、呼びにいく前に出てきた。
「ようこそいらっしゃいました。我が店では、美術品や骨董品、そして特別なものを売っています」
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