裸の王様

4/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 結局男は三十分悩んだ末に、その「量子の造花」の購入を決めたのだった。最後には満足そうな顔で出て行く男を見送り、店内へと戻った主人が僕に目を向けた。 「やあアルバイトくん。また儲かってしまったよ」  あの胡散臭い爽やかな笑顔はどこへ消えたのやら。にやにやと笑みを浮かべていた。 「あのガラスケースの中身、そんな代物だったんですか」 「そんなわけないだろう、あの中には何も入っちゃいない。入っているのは差し詰め虚栄心ってところさ」  そんなものを売りつけるのがこの店の日常である。店においてある高級品とは別に、特別な品物が手に入ったなどと嘯いて、客を騙して利益を得る。金持ちたちは挙って、自分の目に狂いはないと言い張り、この店にはクレームのひとつも入ったことはないのだ。 「あいつらは自分が特別な人間だと信じている。特別な人間にしか見えない、見せない、譲らない。そんなことを嘯いてやれば、自ずと騙されて買ってくれるのさ」  そういうと店主は、何一つ悪ぶれることもなく、鼻歌を口ずさみながら店の奥へと引っ込んでいった。 「マスター、いつか地獄に落ちますよ」  ため息混じりにそういったが、きっと聞こえていないだろう。  それから一時間ほどカウンターに座り店番をしていたのだが、客は一向に来なかった。  路地裏にひっそりと、雰囲気からして怪しいでこの店に入ってくる客は珍しい。半年前からここでアルバイトを始めたのだが、いつもこんな調子だ。稀に来る金持ちの客には店主が対応しているので、僕の仕事は主に掃除となっている。  カウンターに座りながらうとうととしてきたころ、からんからん、と店のドアが開く音がして目が覚めた。目をやると、女子高生が一人おずおずと店の中へと入ってくるのが見えた。 「いらっしゃいませ」 「あ、あの、ここ特別なものが売っているって聞いて」  この店の話を聞いてきた、ということは僕が対応する相手ではないかもしれない。そう思って店主を呼びに行こうとしたところ、どこかで話を聞いていたのか、呼びにいく前に出てきた。 「ようこそいらっしゃいました。我が店では、美術品や骨董品、そして特別なものを売っています」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!