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響生は言葉にならない声を出そうとして、喉で詰まっていた。なんと言えばいいのかわからない、それだけだった。比奈も比奈で、目に涙がたまっている。
十数秒ほどの沈黙が過ぎ、耐えられなくなったのか楠が続きを話す。
「まあそんな状況じゃ、母親も心配だし、弟や妹も心配だろ。今まで俺たちは休学扱いでもいいと言ったんだが、本人がどうしても、ってな。就職は決まってんだから、ホントに良いんだけどな」
「就職…? 凪は介護福祉の専門学校やって言って…」
「山口は元から就職希望だったぞ。その様子だと、それはお前らに言ってなかったみたいだな」
言われていれば思い当たることはあった。最初に凪から専門学校志望だと聞かされた時、少しおかしいとは感じていた。金銭面は親戚がカバーしてくれると言っていたが、その時に凪の目は明らかに泳いでいた。
「でも就職は決まってるんですね、よかった…」
「色々あって山口は進学クラスで就職を目指すことになったが、就職クラスの奴の何倍も頑張ってたよ。その甲斐あって、四月からアイツは市役所職員だ」
「なんでウチらに言ってくれなかったん…」
響生は凪がこれらのことを全て自分たちに隠していたことに憤りにも似たものを感じていた。
言ってくれていれば、もっと気を遣えていた。言ってくれれば、無理にスタジオに誘ったりしなかった。言ってくれていればーーーーー
「それが嫌だったんだろ、山口は」
「え? ウチ、口に出して」
「あぁ、おもっくそな。でも、山口はお前らと気を遣うだの遣わないだの、そんな他人行儀な関係になりたくなかったんだろうよ、知らんけど」
楠は「こんなこと言わせんな」と不機嫌そうな顔で口を尖らせている。柄にもないことを言った自覚はあるようだ。
「それとな、これは山口がお前たちに渡してくれと」
差し出してきたのは一枚の折り曲げられた便せんだった。開いてみると、確かに凪がいつも持ち歩いていたものと一緒のものだ。
その内容に、比奈と響生は息を呑む。
『
ごめん、私音楽続けられない
』
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