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ふいに聞こえたその声に、王女がおどろいて振り向くと、だれもいなかったはずの室内に、いつのまに入り込んだのか、黒いマスクで顔を覆った長身の男がこちらを向いて立っていた。
「どなたですか?」
長いマントに身を包んだ、素顔のわからない男に不審なものを感じながら、しかし王女は礼儀正しく尋ねる。すると男は慇懃に片手を胸に当て、頭を下げて礼を取った。
「不躾にお邪魔してしまい、お詫びしたします。私はチョコレートの精でございます」
「……チョコレートの精?」
「カカとでもお呼びください」
おかしなことを言う相手に姫は困惑したが、なぜだかその男から危険は感じなかった。妖精などという存在を信じるほど幼くはなかったが、カカと名乗る男の、どこかで聞いたような低く優しげな声音に、不思議な親しみをおぼえた。
「それで、カカは私になにかご用でしょうか」
「は……王女殿下は、そのチョコレートの箱を暖炉にくべておしまいになるのですか?」
「はい、燃やしてしまおうと思いました」
「せっかくお作りになったものを、なぜ?」
「それは……」
なんと答えて良いのかわからず口ごもる姫に、チョコレートの精はさらに訊ねてきた。
「失敗なさったわけでもないのに、なぜ捨てておしまいになるのです? それではチョコレートがかわいそうではありませんか」
「かわいそう……そうですね。ごめんなさい」
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