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通知が来たのは、マンションのエレベーターに乗っている時だった。
――陽子が。
私は口の端を持ち上げる。
――飛び込みだって。
――電車に。
鳴りやまない通知に、笑い出したくてたまらなくなる。
「知ってたんだよね」
陽子が彼のことを好きだということも。私を応援するふりをして、周りに私の悪口を言いふらしていることも。
そして、彼が陽子に惹かれ始めているということも。
全部気づいていた。
ざまあみろ。
陽子がいなくなったら、彼は私を見るだろう。悲しむ彼を慰めて、少しずつ距離を詰めればいい。きっと上手くいく。もう陽子はいないんだから。
軽やかに、エレベーターが停止する。九階。自宅のある階だ。慌てて顔を引き締める。
玄関を開けると、まっすぐに自室に入った。
これから悲しむ芝居をしないといけない。この扉から出たら、私は泣き叫んで、母や父に、同級生の死を嘆かないと。学校でも涙をいつでも出せるようにしておこう。そのためにはしっかりとした準備が必要だ。
鞄をベッドに放り投げると、開きっぱなしの鞄から、ころりと何かが転がり出てきた。 昼間に交換した、チョコレートだ。陽子のくれたもの。いつもありがとう、と微笑みながらくれたんだっけ。
包みを開ける。トリュフチョコレートのようだった。綺麗にテンパリングされている。丸い、つやりとした茶色の表面に、自分の顔が丸く引き延ばされて映っていた。
それを一口齧って、私は。
かしゅり。
既視感。
違う。この感じ。あの時と。
「うそ」
足が。
動いて。
窓に。
待って!
「うそ、うそ」
鍵を開ける。
窓を開く。
まさか。
――陽子も、あの店に?
体が。
前に。
前に――。
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