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床に座り、ぼんやりと薄目で本を読んでいる。ちゃんと読んでいるのかすら疑わしい。
無視しようとしたが、しきれなかった。ばれないように横目で見ていたら、ばっちり目が合ってしまった。
「何?」
か細い声だった。金属音のような冷たさがある。それでいて不思議とよく通る声でもあった。
「いや、別に」
「そう?」
「ええ」
「そう」
「はい」
「名前は?」
「は?」
「名前。あなたの」
「沢木です。沢木耕平」
「渡会美樹。あなたより一年先輩」
そういって、渡会さんは自分のタイを指さした。
「沢木君、ここにはよく来るの?」
「いえ、今日はたまたまで」
「そう。私はだいたいここにいるから、もし暇な時があったらまた話しましょう」
渡会さんは立ち上がり、本を棚に戻すと、一度にこりと微笑んで去った。
単純なものだと思う。その次の日から、僕は毎日図書室に通うようになった。
「沢木君は本が好きなんだね」
渡会さんと出会ってから四日目。渡会さんは口数が多くない。それでも不思議と会話は弾んだ。金属の反響のような不思議な声のトーンと、なにも考えていないだけなのか、思慮深さゆえの達観なのか分からない空気感。彼女は僕の話を聞きながら、時々質問したり相槌をうつだけなのに、気持ちのいい会話ができた。
「渡会さんも本が好きなんじゃないんですか?」
「私は文章が好きなだけ」
「同じじゃないんですか?」
「沢木君みたいに物語が好きなわけじゃないから。哲学とかそういうことにも興味がない。でも、文章は好き」
渡会さんは先を続けなかった。ただ薄い笑みを浮かべた。
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