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背中に冷たいものが流れた気がした。それと同時に、鼓動の高まりも感じていた。渡会さんに惹かれているからこその鼓動だと思うし、深入りしすぎてはいけないということも感じ取っていたのかもしれない。それだけ彼女の微笑みは魅力的で、魅惑的で、蠱惑的だった。    二月に入ってから、僕らは図書室以外でも会うようになった。  土日に図書館以外の場所に出かけるのは久しぶりだった。  渡会さんは思いがけず派手な格好で待ち合わせ場所にやってきた。意外だったといえばそうなのだけど、納得している自分もいた。 「お待たせ」  そう言って、渡会さんは僕の手を握り、歩き出した。  冷たい手だった。冬の寒さよりもより鋭い、痛いような冷たさのように感じられた。  まず映画館に出かけ、その後に喫茶店でお茶をした。渡会さんは映画のことをよく知っていた。机に手を置き、じっと僕の目を見て渡会さんは映画のことを話し続けた。不思議な時間だった。語りがうまいというのもあるし、独特の声もそう働きかけたのかもしれない。渡会さんの話を聞き続けている内に、僕の意識はどんどん現実から乖離していくように感じた。 「沢木君」  意識が現実に引き戻される。おしぼりに伸ばした僕の手を、渡会さんの手が包み込む。暖房が効いているはずなのに、やはりその手は冷たい。 「まだ時間ある?」  僕はなんと答えたのだろう。今でもそれは思い出せない。  分かっているのは、僕は渡会さんについていき、夢心地のまま大人になったということだけだ。行為自体もそこまで記憶にない。  フラッシュバックのように渡会さんの身体を思い出すことはできるが、そこどまりだ。  そんな夢心地のまま休日を終え、僕は学校へ向かった。もちろん、放課後には図書室へ向かった。でも、渡会さんはいなかった。  次の日も、その次の日も、渡会さんは図書室に現れなかった。  三年の教室に探しに行こうかと考えたこともあったが、勇気がなく、そのまま一週間を終えた。  もう会うことはないと思っていた。
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