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「まもなく電車が参ります、黄色い線の内側にお下がりください」
地下鉄を走り抜ける風。
電車が到着し・・・プシゥーーーと扉が開く。
座席に座りホッと一息。
リュックを膝の上で抱え、ボーとしていると
僕の隣だけ誰も座らない事に気づく。
えぇなんで?
と、隣の座席を見ると、一房の「みかん」が落ちている。
え? 電車にみかん?
あっ。
恐る恐るリュックを見ると・・・無い。
ストラップのチェーン部分だけが、リュックに残っている。
そう電車に落ちている一房のみかん。
これは間違いなく、僕のリュックに吊るしていた、ストラップの「偽みかん」
だが拾え無い・・・なぜだ?・・・凄く恥ずかしい
本物そっくりに作られた「みかん」
全員が座席の上の「みかん」を見ている。
みんな本物だと思っているに違いない・・・
拾え無い・・・
どうする? どうする?
電車が次の駅に止まり、プシゥーーーと扉が開く。
前の席の人達が次々と立ち上がる。
「今だっ」
隣に転がる「みかん」を拾おうとした時。
3人の若者が、目の前の席に座った。
「おい、見ろよ、みかんだ」www
「え? マジだ」www
「誰だよ、電車でみかん食ったヤツ」www
拾えない、この状況で拾えるワケがない。
そんな時、電車の揺れで「みかん」が転がった。
この時、僕は思った。
食品サンプルとして生まれたこの「一房のみかん」
僕のリュックに吊るされながら、いつも思っていただろう。
「いつか本物のみかんに・・・」と
アナウンスが入る。
「間も無く・・・お出口は右側です・・・」
僕は立ち上がり「みかん」に言った。
「ここでお別れだ・・・」
プシューーーと扉が開く。
「お前はもう・・・立派な本物のみかんだ」
プシゥーーーと扉が閉まり、「みかん」は次の駅に向かっていった。
地下鉄を流れる風が、「みかん」を吊るしていたチェーンを揺らす。
僕は地下鉄の階段を上がり、外に出た。
僕もいつか本物に・・・。
おしまい
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