始まりの章

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サラリーマン多中多郎には、妻には秘密の300万の借金があった。 学生時代から切手収集が趣味だったのだが、社会人になってお金を自分で稼ぐようになり、より珍しく高価な切手にも目がいくようになった。 そして、偽物の切手を高値で買わされるという、詐欺に遭った。 多郎は自分の1番の宝物である、「胡蝶蘭」の切手を愛おしそうに眺めた。 明日、この切手にお別れをする。 胡蝶蘭は昔骨董品店で見つけた掘り出し物で、いまなら最低でも150万前後の買値がつく。 手放すかどうかは悩みに悩んだが、ふと切手売買斡旋のサイトをのぞいて見たら、250万出すという掲示があったのだ。 多郎は胡蝶蘭に最後の別れをすると、切手の箱にしっかりとしまった。 居間に行くと、妻が娘と一緒に朝ご飯を食べていた。 妻の有香はOLで、共働きだ。娘のかなたは今年小学生になった。 「あなた、明日は言った通り会社の創業記念パーティーがあるから、かなたの相手、お願いね」 すっかり忘れていた。動揺がバレないように誤魔化した。 「あ、ああ、そうだったっけな。何時からだっけ」 「5時にはここを出るわ」 明日の取引は午後6時だ。1時間でパーティーが終わるはずないし、どうしたものか。 「何か予定あった?」 「いや、ないよ。どっか連れてってやるかな」有香は夫の動揺にすぐに気付き、「また切手屋巡りでもするつもりだったのかしら」と考えていた。 もちろん、借金のことも知っている。
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