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「多くの人は、原発というトンネルに出口がないと知っていたし、進んではいけないと言う人もいた。その先にはなにもなく、結局、後戻りをしなければならないといけないのだと叫んだ。その叫びを私たちは聞いていた。でも、それは狂人の叫びだと考えた。なぜなら、政府がこの道しかないと声高に言い、それを信じた人の数が多かったから。あなたも進んではいけないと知っていた人たちの一人でしょうね」
朱音は、後方に座る中年男に向けて言った。
「多くの人は、ススメ、ススメと歌っていた。一緒に進めば経済は成長し、明るい未来があると信じていた。
……原子力発電所が止まったあの日、私は小学生だった。世界がリセットされたなんて知らなかった。父と母は、水と食べ物と電気の心配はしたけれど、それは長くは続かなかった。結局、日本は、まだ豊かだった。核の減衰に必要な万年単位先のことを心配しなくても生きることができた。むしろ、考えない方が楽だし、当たり前だった。万年どころか千年先を想像する能力も気力も持たなかったのです。私はそういったことを、千坂に教えられました」
朱音は祭壇に眼をやった。
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