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20××年4月
小説家の千坂亮治(ちさか りょうじ)は原子力発電所の取材で福井県を訪れていた。
ちょうど桜の花が見ごろを迎えていて、小高い丘のてっぺんにある桜公園には花見客が多かった。
公園の北面には春陽に煌めく若狭湾があり、青空と共に淡いピンク色の桜の花を引き立たせていた。
「気持ちのいい陽気だ」思わず、声も漏れる。
千坂は、一本の老木の側に立ち、カメラのレンズを海に向けた。地球が作り出した自然の美を、海岸に並ぶ原子力発電所の建築物の数々が台無しにしていると思った。
一つ一つは手に乗せられるほど小さなものに見えるが、無機質な外壁や鉄塔は、自然のフレームに収めるには違和感がある。
風はなく、桜の花びらが時折ハラハラと重力に引かれて落ちた。数日たったなら、花弁は花吹雪となって数キロも離れている発電所まで旅するのだろうと想像した。
「あの建物が、すべて花弁にうもれたら……」想像を口にすると胸が躍る。
散り際が潔いから日本人が好むのだと言われるが、違うと感じた。
桜は、一つ一つの花に華やかさがなくとも何千、何万という花が群れ集まることによって美しくなり、そして散る時がきたら一斉に散る。
多くの花が足並みをそろえたように変化する姿に、集団行動を好む日本人の感性が共鳴するのだと思った。
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