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「千坂氏も、原発には異論があったのでしょうな」
岩城は千坂の遺影を見上げた。面識はなかったが、朱音の実績である人工出産システムの構想が千坂の着想によるものだと聞いていたから、その能力を高く評価していた。
「どうでしょう。彼と原発について話し合ったことはありませんから」
朱音の応えに岩城は驚いた。放射線による後遺症に苦しんだ夫婦なら、当然、話し合っているものと考えていたからだ。
「千坂はいつも人間のことしか考えていませんでした」
「それは千坂博士のことではないのですか?」
「私が考えるのは人間の肉体です。千坂が考えるのは、人間の生き方についてでした」
「なるほど」
白石は線香に火をつけた。煙がゆらゆらと昇り飛散する。
自分より15歳も若い千坂が煙のように、もう人の手の届かないところへ行ってしまったとは信じられない思いだった。
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