第4話「されど故郷は遥かになりて」

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「な、何なのこれはッ!?」  せわしなく明滅する赤い光に照らされて、不吉な予感が鼓動のように早鐘を打つ。 「キノメア実験施設の臨界点が近いことを報せる警報です」  フリントが憎らしいほど冷静な分析で答えた。 「これは大変だ……」碇が声を絞りだした。  なぜならば、〔捕食する影〕のサナギが腐り果てたゾンビのように緩慢な動きで、その醜悪な体をもぞもぞと動かしはじめたからだ。そして狂瀾(きょうらん)を孕んだ絶叫を放ちながら、体がめりめりと縦に裂けだしたではないか。 「大変どころじゃない、最悪だよ!」照屋が吐き捨てた。  頭蓋から胸部そして腹腔を裂いて、体液と血潮でぬらぬらと濡れた黒く禍々しいものが生まれようとしていた。皮膚と肉と骨が裂ける未曾有の激痛で、収容者は世にも稀な絶叫を放ちながら絶命した。  それはあたかも、聖なる御子の誕生をたたえる聖歌だ。阿鼻叫喚の賛美歌に祝福されて、絶望の申し子が甲高い産声をあげている。回廊のあちらこちらで、死の誕生が猛威をふるっていた。 「みんな、武器をとるのよ!」  イチジクは覚悟を決めて叫ぶと、鬨(とき)の声をあげるように碇と照屋が武装を解除した。
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