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黒川夜緒と桜の影
ゴポリ……と。
少女の足元の地面が波紋を立てた。いや、正確には地面ではない。
影だ。
穏やかな春の昼下がり。柔らかな陽光を遮る桜木の影……それが、まるで溶岩のようにねとりと泡立つ。
「…………」
少女は黙ってそれを見つめていた。
余りにも黒々とした、墨汁のように濃すぎる影が、逆再生した滝のように己の視線より高い位置まで立ち上るのを、ただ静かに待っていた。
その瞳からは一欠片も困惑の色は伺えない。眼前の影のように真黒な瞳は、少女の内心がこれ以上ない程に凪いでいることを如実に物語っていた。
粘性の影はやがて形を成す。
黒い間欠泉のようだったそれから、無駄な物がこそぎ落とされ、顕現したのは着物を纏った人だった。
「■■■■■……」
“影”はその漆黒の手のひらで少女の頬を包み込み、常人には意味を解せない声を吹きかけた。
まるでそれは唸るような、ラジオのノイズのような、或いはすすり泣くような、不可思議な声音。
それを受け取って、少女は。
「はい……私に任せて下さい……」
少女は、ただ首を縦に振った。
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