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だから志朗はなるべく優しく響くように彼女をそう呼んだ。
「な、な、なん、ですか……」
呼び掛けられた黒川夜緒は、まるで狼に狙われた子ヤギのように頭を抱えて震えていた。彼女と話すのはこれが初めてだが、こうまで臆病だとは思わなかった。無口だと聞いていたが、単純に会話が成り立たないだけなのではないだろうか。
長い前髪の奥から光るものが見える。もしかして泣かせてしまったのか……慰めてあげたいが、その原因が自分だというのだからそれも叶わない。太い桜の木の陰に隠れてしまった彼女から目を逸らし、志朗は頬を掻いた。
校舎裏……普通に生活していれば出向くことのない場所に、男女二人きり。なにも後ろめたい事はないのだが、仄暗い雰囲気と目の前の彼女の怯えようのせいで随分と心が痛い。少なくとも誰かに見られてしまえば、志朗の学生生活は終わりを告げるだろう。
「あ、あぁ。えっと。その前にこっちを向いてくれないか。俺は何も酷いことをしようなんて考えてないからさ」
このまま話し続けるのは正直辛い。
「は、はい……すみません……」
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