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芳樹は軽く会釈をして、いつも通りの窓際のテーブルに座る。
店長が注文を取りにやってくる。
「いつものモーニングセットでいいかな?」
「はい」
交わす会話はこれだけ。
この簡素さが芳樹には心地よかった。つまらないことをムダに話すのは好きじゃない。
店内に香ばしい珈琲の薫りが漂う。
ここの珈琲は、珍しくサイフォン式ではなくハンドプッシュ式で珈琲を淹れる。
店長曰く、この方が珈琲の旨味や薫りを限界まで引き出せるらしい。正直なところ、芳樹にはそこの違いが判らない。でも、この店の珈琲がおいしいことは間違いない。
先に珈琲が運ばれてくる。いつも通りに。
サンドイッチが運ばれてくるまでの間、珈琲を飲みながら、のんびりと窓の外を眺める。
代わり映えのしない町の景色だが、行き交う人の姿をぼんやりと眺めるのは嫌いではなかった。
信号が替わるたびに人の波がうねる。
そんな、人の波の中、ふと一人の若い女の姿に芳樹の視線が止まった。
「まさか…さくら!?」
芳樹は、我が眼を疑い、もう一度、凝視した。
間違いない。淡いベージュのロングコートを着て、慣れない様子でキャリーバッグを引きながら横断歩道を渡っているのは、芳樹がよく知る女だ。
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