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突然のその言葉に、手に持っていたサンドを落としそうになってしまった。
女を口説くときにはまず髪を褒める。そう言っていたのは千草の幼馴染だったろうか。
思いがけず、その言葉を思い出して動揺してしまった千草は
震えそうになる唇を噛み、瞬きでその動揺をやり過ごす。
千草の髪を褒める者は珍しくない。
髪同様に、瞳の色も淡く、榛色のその髪と瞳は儚げな千草の容姿にとてもよく合っていた。
母親譲りのその珍しい色味に、皆一様に興味をそそられたのだと、千草自身そう納得しつつ、受け流すことが多かった。
言われ慣れた、聞きなれたセリフ。
それなのに、社交辞令だと分かりながら、その言葉にここまで胸が高鳴ってしまったのは、相手が彼だっただからだろうか。
もう一度瞬きを繰り返し、口を開いた。
「……生まれつき色素が薄くて…」
「ああ、だろうね。染めた色じゃない。バージンヘアっていうのかな」
それに、なんてったって塚本さんだからね。
くすりと、からかい調子に付け足される。
「はい…髪はいじらないほうがいいと言われましたから…」
真面目にそう返せば、ぷっと吹き出された。
「ほんとに真面目だな」
「え?」
意味がわからずにきょとりとしたまま、笑い続ける馨の顔を見つめてしまう。
「いや、褒めたんだよ。それより、そんなに見つめられたら穴が空くだろ」
そんな千草の視線に、眩しそうに目を細めた馨は、視線をさえぎるように、手のひらを千草の目の前に翳す。
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