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からかうような口調で言った「冴」にまたしても背中を押され、僕は口を挟む隙も与えられずに階段を上った。
―――よく分からない人けど、すごく優しい触り方をする。
それだけは確かだ。
こんなふうに人から優しく触られるのは久しぶりだった。殴られたり、絞められたり、引っ張られたり、押し倒されたり。いつもはそんなことばかりだ。「誰かに触られる」ということは「痛い」こと。もう随分長いことそうだった。
頬に貼ったガーゼを撫でると、口の中までずきずきと痛んでくる。
―――もしかしたらオレンジジュースを選んだのは失敗だったかもしれない。
口の中の切り傷はほとんど塞がっていたけれど、それでもまだ傷口にしみるはずだ。
そんなことを考えていると、階段を二つの足音が上ってきた。
「あ、なんだ、全然人いないじゃん。ラッキー。」
「冴」はそう言いながら僕の前にジュースのカップとポテトが置かれたトレイを差し出す。
「はい、君の分。」
「あ、ありがとうございます……。あ、お金、いくらでした?」
「クーポン使って230円。」
「クーポン……。」
「ん?」
「あ、いえ……。」
「なに?怒らないから言ってみなって。」
「…………クーポンとか使うんだなって……思って……。」
「へ?」
―――あ、
いまのって失言だったかも……。
咄嗟にそう思う。きょとんとした顔の「冴」の口から次にどんな言葉が出てくるのかを考えると怖くなった。「怒らない」とは言っていたけれど、話の内容によっては怒られるかもしれない。
「冴」は「啓一」を見て肩を竦める。
「結構使うよね、啓一?」
「そうだな。」
「そ、蒼秀学園の生徒さんだから、あまり使わないのかなって、そう思って、それで……すいません、失礼なこと言って。ごめんなさい。」
僕の弁解の言葉を聞いた「冴」は明るく笑った。
「あはは!謝るようなことじゃないよ。たしかに、うちの学校金持ち多いもん。でもクーポンくらい普通に使うって。だって、自分たちで金稼いでるわけじゃないし。」
「そ、そうですね。た、たしかに……。」
僕の隣に腰を下ろし、「冴」はハンバーガーの包みを開けながらおもむろに言う。
「そういえば、名前聞いてなかったね。なんていうの?」
「あ、え、えっと、嵐山涼です。」
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