Obscure Cherry

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ひとしきり終えた後、後藤の欲望は収まっていき、雨もあがった。場違いとしか言いようがないほど、吐き出してしまっていた。これ程の興奮は久しぶりだった。少女から大人へと変わる一瞬を摘み取ったような感覚。まだ酔っているのかどうかわからないが、とりあえず今日のお相手は物言わぬ植物だったらしい。 後藤は男性に特有のこの時間、妙に冴える頭で考えた。この桜の木、いや植物というものはすべて、人にどう見られているのか解っている。どうすれば人の視線を奪うことができるか熟知している。先ほどの様に抗えない魅力に従うということは、とても素直で純粋な思いの形なのかもしれない。 春が来たらどうなってしまうのだろう。風にそよぐ色とりどりの花たちは、「私たちを見て」と人々を誘惑するだろう。この桜の木も例外ではない。それはつまり、たったいま後藤に向けられた密室的な、この空間だけの愛は、広く響き渡る無償の愛に変わってしまうことを意味する。後藤は許せなかった。夜が明ける前に、再び湧き出した情欲に任せてありとあらゆる草花を犯した。そこら中に漂う無責任で身勝手な雄の香りが、季節を枯らしていくようだった。お前たちを満足させてやる。他の奴らに愛嬌なんてふりまくんじゃない。オレだけを見るんだ、わかったな。
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