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「あたし腕時計を捨てたいんれす」
こいつ呑み過ぎだ。既に舌が回ってない。酔いのせいで上手く指が動かせないのか、時野は苦労しながら腕時計を外し、カウンターの上に置いた。文字盤に小さなダイヤが埋まっている、小ぶりの可愛らしい腕時計だ。
「捨てたいなら捨てたらいいじゃないか。なんでまだ持ってるんだよ」
時野は腕時計を手に取ると、そっと両手で包み込んだ。
「これね、あいつが付き合い始めた頃くれたんれす。あたしはそれが嬉しくて、ずっと大事にしてたんれす。すっごくすっごく大事にしてたのに。こんなことになって。うあああああああん」
「おいおい、泣くなよ。その男とはきっと縁が無かったんだ。いいじゃねぇか、二股かけるようなしょうもない男と別れられたんだから」
俺はポケットからハンカチを出して時野に渡してやった。それを時野は容赦無く鼻水でビシャビシャにしていく。
ひとしきり鼻をかむと、時野はまた腕時計を愛おしそうに撫で始めた。
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