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「高嶺さん」
馨が自社ビルを出たところで優しげな声で名を呼ばれた。
振り返ればその声同様に、優しげで柔らかな雰囲気の男が一人。
細く色素の薄い髪を風がふわりと揺らし、午後の陽が男の輪郭を暈かす。
その様子に、あの初夏の朝に公園で、同じ時をすごした彼女を重ね見て、馨は眩しげに目を細めた。
彼女とは違うその姿。
それなのに、思わず彼女と重ねてしまった自分に馨は自嘲してしまう。
顔を上げれば近づく男は不思議そうな顔をしていた。
「…峰倉さん」
後ろに控えていた人間に目配せをすれば、無言でうなずいてその場から離れていった。
「お久しぶりです。お元気そうですね」
久しぶりに会うその人とその声、馨の肩の力も自然と抜ける。
「ええ、峰倉さんも」
馨の様子にその男、峰倉は嬉しそうにふわりと微笑んだ。
穏やかな男の雰囲気に馨の顔も柔らかく綻ぶ。
「それより、随分重い溜息ついてましたけど、何かありました?」
くすりと笑いながらそう言われれば、馨は困ったように苦笑いを浮かべる。
自分では気付かぬうちに溜息をついている。
そんなことがここのところずっと続いているようなのだ。
原因はわかっている。
そう、彼女だ。
だが、それはどうしようもないことで
疲れたような乾いた笑いで誤魔化せば、峰倉はどこか思案するような表情を浮かべる。
「高嶺さん、今日の予定は?」
「はい?…今日はこれから出るんですが、それを終えれば後は特に」
「そうですか。では、終わった頃に連絡してくださいますか」
にっこりと笑う峰倉。
それは否とは言わせない絶対の笑顔。
そんな彼に馨は苦笑いが出てしまう。
「困り」ではない。
峰倉の優しい気遣いに、だ。
「わかりました」
今度は自然に浮かんでしまう笑み
「待ってるよ」
砕けた言い方に変えて峰倉は悪戯っぽく笑った。
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