既視感

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怖がらせるつもりなんてなかった。   意識させること、それが目的だったのに。   俺が怖い?   身体が、心が、じわじわと冷えていった。   指が白くなるほどに握り締めていた携帯がミシリと嫌な音を立てた。   その機械の向こう側で兄が静かに言った。   聞け猛   聞きなれた声はすっと頭に入り込んできて、パニックになりかけた頭を冷静にしてくれた。   『お前の雫への気持ちがどれくらいのもんか俺も、千草もよくわかってるつもりだ。 だから今回のお前の行動が間違ってるなんて思わない。むしろ遅すぎってくらい思ってる』 ドクドクと血が通いだすのがわかった。   あの行動を悔やもうとした自分を、間違ってないと言ってくれた。   『お前の気持ちをあいつがどう捉えるかは俺たちにはわからない。 だけど、あいつはお前が思ってるよりも大人だと思う。 まぁ、千草に関してはクソガキだけどな』 ふっと耳元で聞こえる笑う声に心が緩んでいく。   『だから、お前、雫の気持ちが落ち着くまで何もすんな。待ってやれ。 きっと自分で頭ぐちゃぐちゃになりながら考えてるはずだ。   お前から連絡しちまえば、もっと混乱すると思うからな。あの馬鹿は』 そこまで聞いて猛はゆるゆるとため息を吐いた。   良一郎の言うことは正しかった。   悔しいくらいに雫のことをよくわかってると思う。   嫉妬するほどに。   だから、わかったと言った声が思いのほか低く、刺々しくなってしまったのは仕方ないと思う。 待つよ。   でもその言葉に少し、ほんの少しだけ兄への感謝が籠められたのは内緒だ。     しかし、兄のおかげで凪いでいた心が再び荒れだしたのはそれから一週間経ったころから。   雫を待つといった手前、どうしようもないジレンマに襲われた。   それから一週間、また一週間と日が経つにつれ、猛のストレスは限界に近づいていた。   おかしくなりそうだった。   汚くなった部屋。   ヤニ臭くなったカーテン。   猛は仰向けにベットに寝転び、心なしか黄ばんできたように感じる白い天井を見上げ、軽く幸せの一つや二つ逃げてしまいそうなため息をついた。
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