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「千草、今あいつ猛とあった何かで、頭が混乱してるから真とのことは」
壁に寄りかかりながら、頬を冷やしていた良一郎は、リビングから聞こえる、すすり泣くような雫の声に思い出したように口を開く。
「うん」
すべてを言いきってしまう前に、布巾を水で濡らしながら聞いていた千草が相槌をかぶせる。
「わかってる。落ち着いたときに話す。今はしーちゃんの話聞いてあげなくちゃね」
レバー式の蛇口の水を止め、振り返りながら言う千草は困ったように眉を下げていた。
それに良一郎も苦笑いをこぼしてしまう。
そのタイミングを見計らったように大きくなった泣き声に二人そろって肩を揺らした。
猛絡みのことなので二人は何があったのか大方の予想は付いていて、笑いが漏れてしまう。
「ごめん良ちゃん、先にそれ持って行ってくれる?」
トレーに乗った二つのカップを指差して微笑む千草。
ひとつはブラック。
そしてもうひとつは、甘く淹れたカフェオレ。
床の片付けと新しいコーヒーを淹れなおすという意思表示に、良一郎はうなずいてキッチンを後にした。
その背中を見送ると、足元に出来たシミに向かってため息を吐いた。
しゃがみ込んで濡らした布巾でキッチンマットに出来たシミを叩けば、薄くなる黒。
「馬鹿だな私」
トントンと布巾を叩きつけても完全に取れることのない汚れ。
取れない汚れに布巾を握る手に知らず力がこもる。
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