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坂口は喫煙室の傍を早足で通っていった人物を追いかけ声をかけた。
「専務」
人に会ってくると出かけてからそんなに経っていない。
それに加え、何かを探すように焦った様子で姿を現したのだ、何か起きたのかと坂口も内心動揺した。
「専務、どうかされたんですか」
坂口がもう一度馨に声をかけたところで漸く、坂口の存在に気づいたようだった。
「…坂口か、いや、…塚本さんを見なかったか」
そう聞かれ、つい先ほど一階に降りていった千草の姿を思い浮かべた。
入れ違いになったな
「急ぎですか?ならば私が…」
千草は訪ねてきた人間に会いに行った。
それならばしばらくは手は空かないだろうと考え、用件を伺う。
ずいぶん焦っていたようだし、急用なのだろう。
自分で対応できるものならば、自分が…そう申し出ようとした。
「いや」
それをはっきりとした口調で拒まれた。
「これは彼女じゃないと…塚本さんでないといけないんだ」
にやりとどこか挑むような笑みを浮かべ、そう言い切った上司の姿にはっとした。
「……」
「どうした?」
「せ、専務!」
黙り込んでしまった坂口を不思議そうに伺う馨。
そんな二人の間にどこか活き込んだ声が飛んで、割り込んできた。
二人そろって振り返れば、強張った顔で、里奈が走りよってきていた。
「専務、せんぱ…塚本さん今、一階に…それで…あの、」
里奈はきょときょとと忙しなく視線を彷徨わせると、漸く何か覚悟を決めたのか、ぐっと両手を握り合わせ、馨を真正面から捕らえた。
「先輩、今、その、なんか、こうごちゃごちゃとなって…あ~う~」
意気込んでこれだ。
坂口が隣で何言ってんだこいつと、不審げに眉を寄せていた。
「……ああ、そうか…わかってる。ちゃんと話をするから」
なるほどと、相槌を打って馨が里奈の頭を撫でる。
びくりと跳ねた肩に、この子が手駒かと馨は一人確信した。
「気にするな」
一言おいて馨はエントランスへ急いだ。
「……専務、いい人だ…」
ぼそりとつぶやいた言葉を、隣にいた坂口が聞き逃すはずもなく、そのせいで不機嫌に顔をゆがめた坂口に、ぼんやりと馨の背中を見送っていた里奈が気づくことはなかった。
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