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起き上がって確かめた羽毛布団は良質なもので触り心地が良かった。自分の家の煎餅布団とは訳が違う。
重く霧が掛かった頭を少し傾けて、自由はここがどこなのかをぼんやりと考えていた──が、全く見当がつかなかった。
目を覚ました部屋は自分の住むワンルームマンションが軽く二つは入りそうなほど広く、大きな窓から見える風景の中には建物らしきものが殆どなく、空でほぼ占められていて、太陽が誰にも邪魔されずに明るく照っていた。
「──あれ、起きた?」
背後でドアが開くと同時に男に声を掛けられ、それでも自由の顔はピントが合わないままだ。
「──誰?」
「誰って……酷いなぁ」
男は風呂上がりで湿った髪のまま、自由のそばに寄りベッドに腰掛け耳元で囁く。
「──ねぇ、君。あと5キロ太れない? 抱き心地が悪いったらなかったよ」
最後、オマケのようにふっ、と息を吹きかけられ悲鳴と共に自由は尻から床に落ちた。
「痛、痛ぇ! ケツがっケツがぁっ!!」
抑えた尻には落ちて打った以外の謎の痛みも強く広がっていた。
「まぁ仕方ないかぁ──、売れないミュージシャンなんて飯もロクに食えないもんねぇ~」
動揺して涙目の自由とは正反対に男は落ち着き払って嫌味を言える程の余裕ぶりだ。
「売ッ、売れ、ミュッ……なんでっ?!」
「君が延々昨夜零してたんだよー? インディーズからスカウトされたものの、自分の思い通りにさせて貰えないって──。ねぇ、でもこういうのはさぁ……」
男はベッドに腰掛けたまま、床にへたり込んだ自由を見下ろし蛇のような怪しい笑みを浮かべる。
「自分の実力で売れてから言うセリフだよねぇ?」
「………………」
「事務所はボランティアじゃないんだ。売れない奴は────、
退場────だよ」
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