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その日の午後、バンドメンバー四人全員が社長室に呼び出され、マネージャーからそれぞれに楽譜と歌詞の書かれた紙を渡される。
全員が各々にそれを眺め、それが何なのか理解できずに互いの顔を見合った。
「これ、仮歌ね。次、これで行くから」
マネージャーは業務的にそう口にし、ボーカルである自由に仮歌の入ったCDを渡す。
「え……あの……。俺らの書いた曲は……?」
「とにかく、決定したから」
強くそう言い渡され、自由はすっかりと言葉を失い、渡されたCDの入ったケースを指先が白くなるほど強く握った。
──これはチャンスを与えられたんだ。
そう前向きに思わなければダメだと、若者たちが行き交う夜の公園のベンチにひとり座り、自由は自分にそう何度も言い聞かせた。
これでもし、売れたら──その次に繋がる。
その“次”を作るためにもこの程度の我慢くらいはしなきゃダメなんだ、当然なんだと自由は唇を噛み締めた。
「──そんな顔して、自殺でもすんのか?」
突然正面から声を掛けられ、無意識に地面に下がっていた視線を起こすと今朝別れたばかりのあの嫌味な蛇男が立っていた──。
「アンタ──ッ!」
そう口にして立ち上がった途端、ものすごい大きさで自由の腹の虫が鳴り響いた。カアッと一気に自由の顔は赤くなる。
「大変だな、貧乏は」と、意地悪く男は嘲笑した。
「違う! これは……っ」
そんな反論するだけ無駄だと、腹の虫はもう一度大きく鳴いてみせた。
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