突然の思い

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小屋に着くと蝋燭を探す。 灯をつけて暖かさを保つ為に置かれた黒い岩に姫を座らせた。 「足を見せてください」 俺の言葉に姫が目を見張る。 「痛むのでしょう? 骨が折れていたなら早く手当てをせねば歩けなくなる事もある」 そう言うと黙って足を少し前に出した。 膝間付き冷えきった姫の足首を確かめる。 「痛い!」 小さく声を上げたが直ぐ歯を食い縛る。 「大丈夫です。 軽い捻挫のようだ」 そう言って姫を見上げた。 姫は辺りを見ながら尋ねる。 「此処は?」 「此処は俺の婆様の家だ。 これはギヤマンでできた小屋で冬でも花や野菜が採れる」 「冬でも・・ 確かに暖かい・・」 「姫が座っている岩が明るいうちにお日様の熱を蓄えて夜でもこの中を暖める。 昔身体の弱かった俺の為に母が建ててくれたものだ」 「じゃあの都忘れの花もここで?」 「ああ、ほらそこに」 姫は俺の指差す方に咲いている花を見る。 「孝之様・・ もしかして幼名は夕月丸様では?」 俺は驚いて姫を見る。 「姫は・・ 綾姫・・ あーちゃんか?」 そう言うとコロコロと笑う。 「そうか、姫があーちゃんだったのか」 「あの歌会始めの日にお会いした時なぜか懐かしい気がしたのです。 それにこの花」 姫は本当に懐かしそうに俺を見る。 俺は不思議な縁を感じながら姫を見つめた。 「姫、尼になるとの噂を聞きました。 なぜ尼に等」 姫は少しの間黙って俺を見つめる。 「訳が有るなら俺に・・」 そう言うと顔を伏せる。 「弟が家を継いだからです。 二十九にもなった姉が嫁ぎもせずに家に居るのは世間体が悪いのです。 でも女が理由も無く家を出るなど・・ まるで弟がわたくしを邪魔者扱いしたと言わんばかり。 だからわたくしは尼に・・」 「そんな・・ 姫は本当はどうしたいのです?」 「分かりません。 生まれて直ぐに父が決めた方からは幼さを理由に婚約が白紙になったそうです。 十二の歳に婚約した方は婚儀の二ヵ月前に病で亡くなりました。 でもわたくしは、そのどちらの方にも会った事すら有りません。 悲しい訳でも悔しい訳でも無いまま世間からは鬼姫と呼ばれ、その後はそんな話すら有りません。 ましてや屋敷の外に出た事も貴方と遊んだ幼いあの時だけです。 今夜はいたたまれずにここへ来てしまいました。 でも婆やも三年前に亡くなって身体を休める場所さえ無く急いで帰ろうとしてこの始末です。 わたくしの出来る事等何も無い・・ 大人しく弟の言う通り尼になるしか」 「それは違う。 貴女は鬼姫等ではない。 美しい上に頭も良い。 それに侍達の嫌味にも屈しない度胸迄ある」 俺がそう言うとまたコロコロと笑う。
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