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結婚の日、俺は三条家の屋敷に姫を迎えに行く。
父は今日と言う晴れの日を待たずに永の眠りに着き、母は翌日には髪を降ろし尼となった。
「孝之、此れからは何をするにも姫と二人。
末長く幸せにと願っていますよ」
母はそう言うと姫の元へと俺を送り出した。
思えば元服の時も、たった十五の俺に家を継がせて大津の里へと行ってしまった。
だが今にして見れば、俺を信じ俺の自由を尊重してくれたのだと感じる。
婚礼の前に父が亡くなった事も皆には伏せるようにとの遺言があった。
そんな事が世間に知れたなら、またもや姫が悪く言われると母は笑う。
「あーちゃんには幸せになって欲しい。
あの姫は、孝之を幸せに出きるたった一人のおなごですもの・・」
そう言って父の位牌に手を会わせる。
「必ず姫を幸せにします」
俺はそう言って大津の尼寺から都へ戻った。
三条家から東雲の屋敷迄、噂に名高い鬼姫の花嫁姿をひと目見ようと人垣が出来ていた。
俺は牛車から姫を抱き上げ馬に乗せた。
「孝之様、何をなさいます」
「よいのだ。
貴女の美しさを皆に見せたいのだ。
そして、東雲の孝之は当世一の果報者よと言わせたい」
そう言って姫を見つめた。
姫は笑いながら俺の我が儘を許してくれる。
その手には今朝摘んだばかりの都忘れの花束が握られていた。
「見ろよあれが本当に鬼姫なのか?
明石の姫など足元にも及ばない・・
あの時東雲の孝之に迎えのお役を押し付けるのではなかった」
人垣の中、そう言ったのは、孝之を騙した一介とその友の侍達だった。
「一介、あの姫は東雲の孝之の幼馴染みだと聞いたぞ。
たかが迎えの護衛に付いたくらいでは嫁になど来ぬわ。
しかし・・
あの美しさ・・
実に羨ましい。
あの姫なれば例え倉が空になったとて惜しくはない」
そう言って悔しがる。
後からその話を聞いた孝之はこれで姫を悪く言う者などいなくなると胸を撫で下ろす。
京の都に優しい風が吹き抜けて行った。
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