平安京の月

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「それで?」 「主は菜園に捨てられた俺を取り合えず養子してこの家に連れて来た。 でも初めは下働きの女に面倒を見させていたらしい。 だが、がこの家に来て間もなく主が異例の出世を果たした。 主はまだ半信半疑のまま俺を正妻に預け育てるように言った。 それからは名だたる家門の公家達を押さえどんどんと出世を繰り返す。 俺が元服する頃には左大臣にまで上り詰めた。 主は俺を可愛がり父と呼ぶ事を許してくれた。 直に俺はこの家の跡継ぎとして宮中の護衛を任された。 そこで父とは対立していた三条家の姫、九重に出会ったんだ」 「その人ね・・ 私に似てる人って」 「似てたのは顔だけだ・・ お前の方が数倍もいい女だ」 何処かでお寺の鐘の音が聞こえた。 「夕夏少し寝てろ。 俺は此れから出掛ける」 「何処へ行くの? 私も行っちゃダメ?」 「俺が行くのは鬼の棲み家だ。 お前は連れては行けない」 そう言うと私の着物を剥いで裸にした。 寝床を設えると私が着ていた小袖を掛ける。 「どうして裸にするの?」 「この時代、お前はまだ産まれてもいない。 俺の側で着物を着ているから姿が見えるだけだ。 俺が離れたら着物だけが宙に浮いて見える。 そうなればここは化け物が出ると噂になり、物好きがたむろするようになる。 今までは病で皆が死んだ家だ。 病を恐れ誰も近づかない。 まあ、たまに訳を知らない者が勝手に寝泊まりする事もあるから、俺がいない間は静かに寝てろ」 そう言うと私を抱き締めて口付ける。 またあの麝香の香りが私を包んだ。 「が・・じょう・・行かない・・」 私は直ぐに気が遠くなった。
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